2月のみかづき。

読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

2月のみかづき。

"Light the Life"  青年海外協力隊として、ラオスで英語の先生になる!編

【協力隊活動】活動先と活動について その1活動先の Laos Trade Union

ラオス ラオス/英語 青年海外協力隊

サバイディー!

活動先(職場)に配属されてから、約3週間が過ぎようとしています。私の活動と活動先について、書いてみたいと思います。

 職場の場所

f:id:mikachanko4281196:20150803193836j:plain

*1

どどん!

f:id:mikachanko4281196:20150803193846j:plain

 

改めてですが、私がいるのは、ラオスの首都ヴィエンチャンです。

だいたいこの辺り。

f:id:mikachanko4281196:20150820090439j:plain

協力隊的には珍しく、首都の中でも本当にど真ん中の、官公庁や銀行や車屋さんなど大きな会社が近くにある場所に活動先はあります。パトゥーサイとタートルアンという二大観光地(?)のちょうど真ん中くらい。

私の活動先の正式名称は、Lao Federation of Trade Unionといい、日本語では「ラオス連合同盟」とちょっといかつい感じで訳されています。

近くに大きな本部のオフィスがあって、私が実際に働くのは、Development Institute(能力開発訓練センター)という同盟に所属している人たちへ向けたトレーニングセンターです。

建物の1階は事務所と最近できたレストラン、2階は宿泊施設(今はここに泊まってます)、3階が教室と農業系の会社、4階は会議室になっています。

Trade Union (労働組合)について

活動先のTrade Unionの仕組みが正直まだよくわかっていません・・・

In 1946, 50 workers at a tin mine in Phontiew village in Khammouan province formed a trade unit to persuade their French employers to increase their wages and reduce working hours from 15 to eight a day.

They also called for holidays, and access to educational opportunities, healthcare and better living conditions.

On March 22, 1955, the Lao People’s Revolutionary Party separated from the Indochinese Communist Party, and then on February 1, 1956, the Lao Federation of Trade Union was established to promote unity, democracy, and work towards social equality.

(ざっくり訳:1945年にKhammouan県Phontiew村のスズ鉱山で働く50人の労働者たちが、フランス人雇用主に対して賃金引上げと労働時間の縮小、休暇や教育の機会、ヘルスケア、生活の質の改善を求めて、労働ユニットを結成したのがはじまり。

1955年に、ラオス人民革命党インドシナ共産党から分離して、1956年にこのTrade Union(労働組合)が結成された。労働者たちの結束、民主制、社会的な平等を目指している。)

55th anniversary of Lao Federation of Trade Union’s Day marks | Lao People's Democratic Republic

 この説明だけ見ると、普通のというか、日本と同じような労働組合なイメージですが、実際は首相府の管轄下にあって、この団体で働いている人はみんな公務員扱い。所属している人は、官公庁に努めている人がおおい??そして家族で所属している人がおおい。ぬぬぬぬ?よく分からぬ。。・・・ラオスの統治の仕組みをまず知らないとだめですね。調べます。

【 2016/01/03 追加】

 日本語での情報があったと、教えてもらいました!”労働組合連盟”というのが、日本語での正式名称だそうです。

JILAF|2014年 ラオスの労働事情(人物招聘事業)

JILAF|JILAF Database

カウンターパートとオフィスの人たち

そんな感じで、自分の活動先の実像?がよくわかっていないのですが、周りの人に助けてもらいながら、なんとかやっています。

f:id:mikachanko4281196:20150820093601j:plain

 協力隊には、カウンターパートという仕組みがあります。それぞれの隊員の活動先で、キーパーソンとなる人が1~2人割り当てられます。活動先の上司や同僚であることが多いみたいです。私の場合は、トレーニングを担当しているソナリー(女性)と、郊外の学校で英語を教えているウーサイ(男性)の2人です。

 そして活動先の事務所には、大体5人くらいの人がいて、本部や学校と行ったり来たりしています。24~32歳くらいの女性が多いから、お昼休みの時などは、女子高のようなノリで楽しいです。

 みんな忙しい時は忙しそうだけど、暇なときは暇で、ドラマとかみてる。仕事がなければ、仕事の時間中でも誕生日の買い出しにいったり、昼間からビールを飲んだり、2日酔いで仕事に来なかったり。ああ、ラオス

 トレーニングとしては、ベトナム語ベトナム人ボランティア)とPC(おなじくJICAボランティア)の授業が行われています。

 私は、10月から英語の授業をする予定です。以前(2年前くらい?)にドイツ人のボランティアが来て英語を教えていたそうですが、JICAの要請としては初めてです。

 

長くなったので、活動内容はまた別の記事に書いています。

 

*1:職場の建物